京の花街・島原(正式名称:西新屋敷)を訪ねて|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

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京の花街・島原(西新屋敷)を訪ねて
講演出張の帰途、京都在住の高校同窓・木山克明君のドライブ兼案内で、京の旧花街・島原(正式名称:西新屋敷)を訪ねる。 2009年4月13日

京の花街・島原

京の旧花街・島原

京の旧花街・島原

京の旧花街・島原

島原は、我が国最初の官許の花街で、当初は二条柳馬場に開かれ、その後、六条三筋町に移転し、さらに寛永18年(1641)にこの地に移された。正式な地名は西新屋敷というが、急な移転騒動が当時の九州で起こった島原の乱に似ていたことから島原と呼ばれるようになったという。

京の花街・島原

京の花街・島原:置屋

京の花街・島原:置屋

輪違屋:太夫や芸妓をかかえていた由緒ある置屋。元禄年間(1688-1704)の営業と伝えられる。現在の建物は安政4年(1857)に再建されたといわれるが、その後増改築がなされて、明治4年(1871)にはほぼ現在の姿になっていたという。

京の花街・島原:揚屋

京の花街・島原:揚屋

京の花街・島原:揚屋

京の花街・島原:揚屋

角屋:江戸時代に繁栄した旧花街・島原を代表する揚屋(現在の料亭)で、明治時代におけるお茶屋業に編入された後も、昭和60年(1985)まで営業が続けられた。

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