マンガン|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

「生命と微量元素」講座

講座

微量元素各論

マンガン Mn

「マンガン」 荒川泰昭:「ミネラルの事典」 U ミネラル各論 (朝倉書店)東京 2003年
マンガン(manganese)

1 概要
 マンガンという言葉は最も代表的な酸化マンガン鉱である軟マンガン鉱(pyrolusite)に磁性があることから、ラテン語の“磁石magnes”から命名されたとする説があるが、イタリア語の“マグネシアmagnesia(苦土)”からつけられたとする説もある。最初に元素であることを証明したのはScheeleらであり、1774年にGahnによってはじめて分離されている。周期表では鉄族に隣接し、化学的特性も鉄に類似している。鉄のように強磁性ではないが、合金ないし化合物のあるものは強磁性をもつ。化合物としては、1、2、3、4、6および7価として存在し得るが、塩では2価が、酸化物では二酸化物(MnO2)が最も安定している。この他、−3、−1、0および5価の化合物の存在も知られている。自然界での存在様式も常に変化し複雑であるが、主として酸化物、そして炭酸塩やケイ酸塩として存在する。少なくとも100種の鉱物は必須の構成要素としてマンガンを含有しており、その他200種以上の鉱物が副要素としてマンガンを含有していることが知られている。その内、マンガンの鉱石鉱物として重要なのは酸化物である。なお、マンガンは自然界では金属マンガンとしては存在しない。
 マンガンは岩石、土壌、淡水、海水および堆積物中に広く分布し、ほとんど全ての生物中にも存在している。地殻中では火成岩、沈積岩および変成岩に広く分布しており、全地殻のおよそ0.10%(1,000 ppm)を占めるとされている。その量は鉄の1/50倍、ニッケルの5倍、銅の10倍に相当する。土壌中の含有量は各地域の地質ならびに地理学的要因により広範囲に変動し、1ppmから7,000 ppmにまで及ぶが、算術平均値は500〜850 ppmである。また、深海床の堆積物中にはサメの歯、砂粒、泥土、その他種々のものを核として形成された酸化マンガン(MnO2)の団塊が広く分布している。海水中に溶解しているマンガン濃度は各海域の水圏条件により異なるが、0.4〜5.0 µg/l (0.0004〜0.005 ppm) であり、深度分画の上半分(浅い層)の方が高濃度である。 河川水や湖水など淡水中のマンガン濃度もまた各地域の水圏条件により異なる。通常、0〜250 µg/lの範囲にあるが、最高値1,200 µg/lという湖水もあり、各国での平均値も10〜140 µg/lとバラツキが大きい。また、大気中のマンガンはヒトの活動に由来するものが大半であり、マンガン鉱石やその他のマンガン含有原料の処理時に発生するダストや、鋳造工場やその他の種々の用途から発生するフュームやダストの排出などによるものである。
 以上のような生態系におけるマンガンは岩石から土壌、植物、動物へ、土壌から水系、生物へ、そして再び水系や土壌へと移動する。さらに、顕著ではないが、大気から水系、土壌へ、水系から沈積物へ、またその逆の移動、さらに土壌から大気への移動さえも認められる。そして、前述の如く、マンガンはほとんど全ての生物中に存在している。海棲生物は体内に海水中濃度の何倍ものマンガンを濃縮する能力を有している。貝類のマンガン濃縮率は海水中濃度に対し1,100〜13,500倍であり、藻類の濃縮率は60,000倍(海水濃度0.002 mg/kgに対し藻類中含有量は120 mg/kg)にものぼる。またSchroederらによると、海水中濃度を0.001 ppmとした時、海棲植物と魚の体内マンガン濃度はそれぞれ海水濃度の100,000倍および100倍である。一方、陸棲哺乳動物では食物中濃度の10倍、ヒトでは3〜4倍のマンガンを体内に濃縮している。

2 機能
 マンガンの特異的な機能については現在のところ完全には解明されていない。その中で、生化学的には多くの酵素活性に対して特異的、非特異的に影響を与えることが知られている1)。非特異的にマンガンによって活性化される酵素には、ヒドロラーゼ、キナーゼ、デカルボキシラーゼ、トランスフェラーゼなどがある。これらの酵素はその活性化に2価イオンの存在を必要とし、マンガンの2価イオンが働く。マンガンをかなり特異的に必要とする重要な酵素としてはぺプチダーゼであるプロリダーゼやコハク酸デヒドロゲナーゼなどがある。プロリダーゼはジペプチドであるグリシルプロリンを分解する腸管消化性酵素であり、コハク酸デヒドロゲナーゼはクエン酸回路内の酵素である。さらに特異的なマンガン金属酵素としてはピルビン酸カルボキシラーゼ(2)、グリコシルトランスフェラーゼ(3)、マンガン依存性スーパーオキシドデイスムターゼ(Mn-SOD)(4)がある。ピルビン酸カルボキシラーゼはミトコンドリア酵素で、ピルビン酸をカルボキシル化してオキサロ酢酸にする過程を触媒する。グリコシルトランスフェラーゼは骨形成時のプロテオグリカン合成に重要な酵素である。Mn-SODはミトコンドリアのみに所在し、活性酸素等を消去する内在性抗酸化剤として働く。マンガンはその他の二酸化炭素固定反応に関与する酵素作用においても重要な役割を果たす。また、アルギナーゼの活性はマンガンに大きく依存している(1)。これらマンガン関与の酵素影響が直接マンガン欠乏症や過剰症の発症や病理所見の要因となることが実証された例として、マンガン欠乏症 におけるムコ多糖類の合成に関与する酵素の異常と結合織や骨格の異常所見との因果関係、また同じ酵素系の異常とマンガン欠乏症の母親から生まれた仔の胎児期の内耳形成不全による失調症との因果関係などがある。
 マンガンの生理的作用としては、前述の結合織と骨の形成や内耳の発育形成の他に、耐糖能、生殖能、脂質代謝、成長および脳機能への関与が報告されている。マンガンは前述のようにグリコシルトランスフェラーゼ酵素の構成成分で、ムコ多糖類の合成による結合織、軟骨、骨の形成発達に必要である。また、インスリン生成への関与など正常の糖代謝に重要な働きをしており、マンガン欠乏はグルコース利用の障害や膵の異常を引き起こす(5,6)。さらに、マンガン欠乏では発情期の異常ないし欠如、妊娠率や出産児数の低下、精細管変性、精子欠如、不妊など、生殖能障害が種々の動物で観察されるが、その生化学的詳細は不明である。脂質代謝では脂肪酸合成コレステロール合成に促進的に作用する。脳内ではマンガンは線条体の淡蒼球、視床、黒質に多在するが、脳内マンガンの約80%はアストロサイトにあるグルタミン合成酵素に含まれており、グルタミン酸代謝に関与する。ヒトではマンガン欠乏症例は少ないが、マンガン欠乏とてんかんとの関連が指摘されている。 

3 代謝
 マンガンの吸収、体内での分布、排泄については、最近数グループにより研究されている。マンガンの吸収は吸入、経口、経皮的に起こる。この中で特に重要であるのは経気道吸収である。吸入による障害で慢性マンガン中毒の発生がみられ、これには中枢神経系障害と肺炎がある。消化管からのマンガンの吸収に関してはあまり知見がないが、排泄は通常胆汁を介する糞便中への経路による。この胆汁マンガン排泄はマンガンの欠乏あるいは過剰摂取時の1つの生体指標になり得る。腸管壁からの分泌による排泄も知られており、これらの排泄がホメオスタシス維持に有効に働いており、吸収での調節の役割は少ない(7)。

3.1 気道経路での吸収
 ヒトがマンガン中毒を発症するような事例では、経気道によるマンガン吸収が主要な吸収経路である。また、わずかであるが皮膚からの吸収による事例報告もある。経気道吸収による中毒では慢性マンガン中毒(chronic manganism)が見られ、原則的には中枢神経系障害による精神障害を初発症状とすることが多い。高濃度のマンガンダストに暴露されることが原因で、数箇月暴露で中毒となることもある。また、このような場合、マンガン肺炎(manganic pneumonia)の発生もしばしば見られる。これは大葉性肺炎の型をとり、抗生物質には反応しない。肺炎が平均してどの程度のマンガン量で発生するかは不明であるが、チリのマンガン鉱山の鉱夫を対象とした圧縮空気ドリル作業者の調査では、約5,000粒子/m3 空気下作業で、平均178日で肺炎が見られている。ソ連やノルウェーの調査では、鋼鉄製造工場やマンガン合金製造工場地帯近辺の一般住民で高率に吸入性中毒の発生が見られている。なお、慢性マンガン中毒とパーキンソン症候群の症候類似性はCotziasらによって詳しく報告されている。

3.2 消化管経路での吸収と排泄
 Greenbergらは放射性マンガンを用いた実験で、ラットでの経口投与による吸収率はわずか4%であることを示した。しかも、吸収されたマンガンは早期に胆汁中に現われ、糞便中に排泄されることを示した(3,8)。また、注射されたマンガンは急速に血流中から消失する。BorgとCotzias はこの消失には三つの相があり、最初の最も急速な相は通常の小血管透過による移動と考えられるものであり、第二の相はマンガンがミトコンドリアへ移動するものであり、最も遅い相はこの元素のへの蓄積沈着によるものであることを示した。動物での血中からの消失速度パターンと肝の摂取速度パターンはほとんど同一であることから、両マンガンプールは急速に平衡に達し、また体内マンガンは極めて移動し易い状態にあることが解かる。ただし、実際には消化管からのマンガンの吸収機構についてはほとんど解かっていない。マンガンの吸収に関するデータの大部分は動物実験に基づくものであり、ヒトでは主として臨床的観察や疫学的調査に依っている。
 一方、マンガンの排泄に関しては、種々の動物やヒトでの研究により、大部分が数種の経路を経て、消化管より排泄されることが確認されている(3,7,8)。すなわち、マンガンの排泄は腸管壁からの分泌と胆汁中への排泄によるものである。各経路は互いに関連し合い、体内組織中マンガン濃度の調節と恒常性(ホメオスタシス)の維持に有効に働いている。各組織で見られる組織中マンガン濃度の恒常性は、吸収調節によるよりもむしろこのような排泄調節機構によるものである。
 通常の状態では、胆汁が排泄の主要経路であり、基本的な排泄調節の役割を担っている7)。このことは、胆汁中の総マンガン濃度が胆汁中のビリルビン含量と高い相関を示し、またマンガン投与に相関して有意に増加することからも確認される。一方、膵、十二指腸、空腸、回腸からの排泄もみられるが、これらはマンガンの腸肝循環が過負荷で飽和した時などの補助的経路として役立っているものと考えられている。マンガンの尿中排泄量は極めて少ない。MahoneyとSmall はヒト体内からの標識マンガンの排出を二つの排出曲線で表わし、一つは注射されたマンガンの70%が平均半減期39日で排泄される遅い経路で、他は半減期4日という早い経路で排泄されることを示している。

3.3 体内分布と蓄積
 体重70 kgの健常人は体内に12〜20 mgのマンガンを有していると推定されている。マンガンは全身各組織に広く分布するが、種々の臓器や組織で特徴的な濃度分布を示す(9)。ただし、種属内、種属間での変動は少ない。一般にマンガンはミトコンドリアが豊富に存在する組織で高濃度に含まれるが、これはマンガンがミトコンドリアに濃縮され易いことを示す。また、マンガンは網膜、結膜色素部、毛髪、皮膚色素沈着部など体内の色素部で高濃度に含まれる。下垂体、膵、肝、腎および骨では通常マンガン濃度は高く、骨格筋では極めて低い。毛髪は比較的高濃度にマンガンを蓄積する。肝のマンガン貯蔵量は限られており、この点、鉄や銅とは対照的である。さらに、新生児肝のマンガン予備貯蔵はヒトを含めて数種の動物で欠如していることが示されている。全年齢の健常人肝のマンガン含有量は約 6〜8 ppm(乾燥重量あたり)である。また、他の微量金属と対照的に、マンガンは加齢とともに肺への蓄積を示さない。成人の肺マンガン濃度は平均 0.22 ppmである。
 唯一のマンガン含有金属タンパクで、タンパク分子あたりのマンガン量が常に一定であるのはピルビン酸カルボキシラーゼ(pyruvate carboxylase)である。ただし、肝のアルギナーゼ(arginase)も必須要素としてマンガンを含んでいるという報告もある(9)。ヒト血清中では、マンガンはほとんど全てβ1−グロブリンに結合している。肝では、マンガンは主としてアルギナーゼ抽出部にあり、大部分がタンパク結合性のものであることを示している。

4 欠乏症と過剰症
 マンガンの必須性は微生物、植物、哺乳動物、鳥類などで証明されている(5,6,10)。微生物や植物の必須性は1923年、McHargueによる発育における必要性から、また動物における必須性は1931年、Hart らによるマウスの成長やラット、マウスの卵巣機能の正常化などにおける必要性、Orent と McCollum によるラットの精巣の変性防止や卵巣機能の正常化などにおける必要性などから証明された。現在、マンガン欠乏症は実験的にはマウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ニワトリ、ウシ、ヒツジなど多くの哺乳動物で作製することが出来る。また、ブタやニワトリでは通常の飼育でも自然的に発生する。1939年、Norris と Caskey はニワトリにおいて親のマンガン欠乏がヒナの先天性失調症を誘発することを報告している。この失調症はその他マンガン欠乏のラット、ブタ、モルモットの仔で報告されている。仔は常に協同運動不能、平衡喪失、頭部後屈、体姿反射遅延などを示す。ヒトにおけるマンガン欠乏の有無ならびに症状の明確な証明は直接的にも、間接的にも得られていない(11)。
 多くの種属で等しく見られるマンガン欠乏症の主要な症状としては成長障害、骨格異常、耐糖能障害、生殖機能の障害および低下、胎児期の内耳の発育異常による失調、新生児の運動失調などがあるが、実際の病態は欠乏の程度、進行速度、期間、また動物の年齢あるいは発育段階によって異なる。
 マンガンの生体影響において最も問題になるのは過剰吸収による中毒である(3,12,22,23)。過剰吸収による症状は各個人でかなり異なり、他覚的症状や自覚的症状を客観的に把握することは難しい。ヒトにおいてマンガン中毒が確認されたのは1837年、Couperによる軟マンガン鉱工場労働者の慢性マンガン中毒についての臨床報告が最初である。その後、1901年になって本症が再発見され、1930年代〜1940年代スペイン、1936年ドイツ、1944年チリ、1947年、1958年モロッコ、メキシコ、1952年キューバ、1950〜1959年日本、1940年ソ連、1956年ソ連、1949〜1950年ルーマニア、1939年、1969〜1971年アメリカなど、1930年代から1960年代にかけて世界各国でマンガン鉱山労働者の典型的なマンガン中毒例が報告されている。この中毒症はマンガン鉱夫ばかりでなく、マンガン鉱精錬所、ボルタ電池工場、鉄鋼産業などマンガン鋼取扱い工場で働き、マンガンのダストやフュームを吸入する機会の多い労働者に多く見られる。
 本疾病の特徴は精神分裂症に似た強い精神障害(locura manganica)で、さらに進行すれば臨床的にはパーキンソン病に似た神経障害(錐体外路炎)を起こし、永久的な廃疾者となる。すなわち、発症は緩徐で、無欲状態、食欲不振、脱力などが見られるが、マンガン性精神障害として無意味な笑い、多幸症、衝動的行動などの精神運動異常、不眠、著しい傾眠状態、頭痛、下肢けいれん、性欲亢進とそれにつづく性欲低下、射精障害、発語障害(発声遅延、困難、断裂性発語、無言状態)、仮面様顔貌、歩行や平衡の拙劣化、小字症、筋剛直、躯幹や四肢の振戦などが見られ、またマンガン中毒特有の錐体外路症状として流涎、高度の発汗などが見られ、最終的には完全な植物人間となる。発症の時期や程度はマンガン鉱石の性質や種類に最も影響を受けるが、発症を促進する補助因子として、アルコール中毒、梅毒、マラリア、結核などの慢性感染症、ビタミン欠乏症、肝機能低下症などがあげられている。本症の特徴的な病理所見は基底核の神経節細胞の破壊とその瘢痕化および萎縮である。とくに線条体および淡蒼球部の血管周辺に壊死が見られる。このような慢性マンガン中毒における神経症状の発現は原則的にはダストまたはフュームの吸引によるものであるが、井戸水による経口的なマンガン中毒の事例も報告されている。
 慢性マンガン中毒においてもパーキンソン症候群と同様に黒質、線条核および淡蒼核でのドーパミン系の異常が観察され、L−ドーパの投与が有効である。従って、基底核におけるドーパミンやその他の生体アミン含量の著明な減少が症状発現の重要な要因と考えられる。また、もう一つ重要なことは黒質のメラニン含量の低下である。メラニン中に濃縮されるマンガンおよびメラニン顆粒とカテコールアミン代謝との密接な関係から、パーキンソン症状とメラニン顆粒とマンガンとの間の相互関係が示唆される。いずれにしても、ドーパミン代謝異常が慢性マンガン中毒における神経障害の主要因であると思われる。
 マンガン中毒の他の特徴的な症状の一つに肺炎ないし肺臓炎がある。マンガンダストと肺炎との関係は1921年、Brezinaがイタリアの軟マンガン鉱産業労働者のマンガンダスト暴露による肺炎死亡を報告したのが最初である。その後、呼吸器症状、肺炎、肺臓炎などを主要症状とする「マンガン肺炎」の症例が世界各国から多く報告されている。また、これらの患者の中にはマンガン珪肺症(manganosilicosis)や肺線維症の合併所見も見られる。また,マンガン中毒では末梢白血球数の低下、血中マンガン量の増加、尿中マンガン量の増加、毛髪および爪のマンガン量増加などの所見が見られる。従って、マンガン中毒の診断は症候、尿、血液、毛髪中のマンガン増加の有無による過剰暴露の確認、疫学的根拠、類似疾患の鑑別と除外などを基本に、個人の感受性、大気中のマンガン濃度やマンガン粒子の大きさ、暴露時間などを考慮しながら行われる。なお、マンガン中毒による感染の促進、悪化、感染頻度の増大、感染の重篤度や死亡率の増大など、抵抗力の低下を強調する報告も多い。
 最近、総合長期中心静脈栄養(TNP)による医原性のマンガン中毒の症例報告が多くなっている(13-16)。必須微量元素(マンガン含量:20 µmol/day)添加 TNP 溶液を3〜4 ヶ月間与えられた患者では、精神的障害と混乱症状が進行し、パーキンソン病様症状(構語障害、硬直、運動低下、無表情、核上麻痺指の振戦)を呈する。とくに脳幹神経節(基底核)の淡蒼球におけるマンガンの蓄積(磁気共鳴画像 MRI における強度増大)と病変像ならびに機能障害、高マンガン血症、尿中マンガン量増大、脳脊髄液中マンガン量増大などの症状が顕著である。しかも、脳組織中マンガン蓄積、MRI のT1 強調画像上での高強度、血中マンガン濃度、尿中マンガン濃度、脳脊髄液中マンガン濃度などは互いに正の相関をする。

5 必要量と中毒量
 1923年、McHargue は植物や微生物の発育や機能保持におけるマンガンの必要性を指摘した。植物では、摂取量は全マンガン濃度および可溶性ないしは還元性マンガン濃度、pH、他の陽イオン・陰イオンおよび全塩類濃度、陽イオン交換能、有機物濃度、排水条件、土壌の密度、温度、微生物活性などの種々の土壌因子により左右され、またその利用度は気温、光の強さ、植物内の鉄およびその他の元素との相互作用など植物自体の条件によって左右される。従って、植物のマンガン要求量はこれらの因子や条件によって大きく影響を受けることになる。しかも、マンガン必要量、蓄積能、過剰マンガンに対する耐性能は植物種によって大きな差がある。
 動物における必要性は1931年、Hartらによるマウスの成長やラット、マウスの卵巣機能の正常化などにおける必要性、Orent と McCollum によるラットの精巣の変性防止や卵巣機能の正常化などにおける必要性などから証明された。動物では、食餌におけるマンガンの最低必要量は種や属、必要性の判定基準、摂取時の化学形態、食餌中に共存するマンガン以外の成分特性などによって決まる。従って、最高の身体発育、正常な骨の発達、正常な生殖行為などを保持するのに必要なマンガンの最低必要量は個々において異なる。実験用動物のマウス、ラットおよびウサギでは、「マンガン含有量 0.1〜0.2 ppmの乳状食、0.2〜0.3 ppmの乾燥合成食では正常な発育をしない」、「妊娠ラットでは1ppm食餌でも胎児が正常な発育をしない」、「幼若ラットの発育には生後30日目で2 mg/day(約40 ppm)が適量である」、「ウサギの正常な骨の発育には1〜4 mg/day が必要である」、また、「ラットではカルシウムよりリンの摂取が多い場合、マンガンの必要量が増加する」などの報告がある。ブタでは、生殖行為を十分に保持させるために必要な量は肉体的な発育に必要な量よりも多くの量を要求する。すなわち、ブタの発育には11〜14 ppmで十分であるが、一旦欠落した生殖能力の改善は難しく、予防的には40 ppmの量が必要とされる。しかし、現段階では最低必要摂取量を正確に決めることは難しい。ヒツジ、ウシ、ヤギについての正確な最低必要量は知られていないが、ウシで身体発育に必要な量は骨の正常な発育や正常な繁殖力保持に必要な量より低いようである。幼若なウシの発育に必要な最低量は1ppm以下であるとする報告もあれば、若い雌牛では10 ppmが適当とする報告もある。しかし、発情、生殖行為、妊娠の適切な保持には 7〜10 ppmでは不十分のようである。鳥類、家禽類は哺乳類に比べてマンガンの必要量は高い。雌ニワトリの産卵や孵化には40 ppm程度が必要であり、安全限界値は50 ppmと考えられている。しかし、飼料中にカルシウムやリンが過剰に存在するとマンガンの利用率が減少するため、マンガンの必要量は 50〜125 ppmに増える。
 ヒトにおいてもマンガンは正常な骨の形成コンドロイチン硫酸の合成に必要であることなどが証明され、必須金属とされている(17,18)。しかし、多くの動物種で欠乏状態が見られているにもかかわらず、ヒトでは確実なマンガン欠乏症の証明はたとえそれが絶対的な欠乏であれ、条件づきであれ、成されていない。ヒトにおけるマンガンの必要量に関しては、栄養学的基準値として栄養所要量(Recommended Dietary Allowance,RDA)や推定安全適正1日摂取量(Estimated Safe and Adequate Daily Dietary Intake, ESSADI)などが用いられる(12,17,18)。しかし、典型的なマンガン摂取量が不明瞭のため、最適摂取量を推奨することは難しい。1989年、米国の食品栄養局は有効な指標に欠如しながらも西洋社会における典型的な大人のマンガン摂取量と短期(出納)平衡研究とに基づいてマンガンの推定安全適正1日摂取量(ESSADI)を2〜5 mgと設定した(12,17,18)。現在、日本では成人男性(50 kg)の栄養所要量を4 mg/day、最大無作用量(Non Observable Adverse Effect Level, NOAEL)を10 mg/dayと設定している。また、必須微量元素添加の総合長期中心静脈栄養(TNP)に関しては、米国医学協会、食品栄養局では大人に対する静脈からの推奨1日摂取量を 2.7-14.5 µmol/day(0.15-0.8 mg/day)としている(24)。
 微量金属の中では、マンガンはヒトや動物、鳥類にとって最も毒性の少ない金属に属する。ニワトリは1,000 ppmではほとんど影響を受けず、4,800 ppmではヒヨコが高度の中毒症状を呈する。ラットの発育は1000〜2000 ppmでも影響を受けない。ブタのマンガン耐性はやや低く、500 ppmで食欲低下と成長遅延が見られる。仔ウシでは2,460〜4,920 ppm添加飼料で摂餌量の低下、体重増加の抑制が見られるが、820 ppmではまったく影響が見られない。しかし、血清中のヘモグロビン量はマンガンの増量によってわずかに減少する。この現象は仔ヒツジ、成熟ウサギ、仔ブタでも同様に観察され、1000〜2000 ppmの食餌中濃度でヘモグロビン形成が低下し、血清の鉄が減少する。また、この現象は400 ppmの鉄の添加により消失する。これはマンガンと鉄代謝とヘモグロビン形成との関連によるものである。
 動物における実験的なマンガン中毒の報告は少ない。アカゲザルに硫酸マンガンを1日10〜15 mg、300日間食餌摂取させても何ら神経症状を呈さないが、50%二酸化マンガンを含むマンガン鉱ダストを1日1時間、100日直接気道暴露させると、失調、歩行異常、企図振戦、後肢麻痺などを呈す。また、体重1kgあたり500 mgの二酸化マンガンを繰り返し筋肉注射することによって、初めて軽度の筋緊張異常や運動異常を呈す程度である。中毒症状が現われ易く、ヒトの症状に最も似た症状を呈するチンパンジー(4歳、8歳)では体重1kgあたり500 mgを3ヶ月間注射すると、活動性の低下が見られる。
 ヒトにおけるマンガンの中毒量に関しては、経口暴露における毒性学的基準値として有害性のリスク参照値(Reference Dose, RfD)最小有害作用量(Lowest Observable Adverse Effect Level, LOAEL)などが用いられる(19,21)。ヒトにおけるマンガン中毒の大半は経気道によるものであり、過剰マンガンの吸引は有毒であるが、経口暴露における毒性レベルは判定し難い。米国の産業衛生政府専門家会議(ACGIH)により勧告された大気中の許容基準値(Threshold Limit Value, TLV)は 5 mg/m3であるが、マンガン中毒の発症は個人の感受性に大きく左右されるため、この値では感受性の強いヒトには安全度が低いとする事例もしばしば報告されている。米国の環境保護局(EPA)は典型的な西洋食および菜食主義者の食事中のマンガン量から有害性のリスク参照値(Reference Dose, RfD)を 0.14 mg/kg/day あるいは 70 kgの大人で10 mg/dayと算出した(12,19-21)。日本では有害性のリスク参照値(許容上限値)を50 kgの大人で10 mg/dayとしている。また、EPA は飲料水中の平均マンガン濃度(例えば、2.1 mg Mn/l)から70 kgの大人が1日 2 lの水を消費すると仮定してマンガンの最小有害作用量(LOAEL) を4.2 mg/day あるいは 0.06 mg/kg/dayと推定している。しかし、これはマンガン摂取量の大半が水からの供給であるとしても、ESSADIとの間に矛盾を生じることになり、今後の課題である(22,23)。
 最近、総合長期中心静脈栄養(TNP)施行によるマンガン中毒が多発している(13-16)。必須微量元素(マンガン含量:20 µmol/day、ちなみに推奨値: 2.7-14.5 µmol/day)添加 TNP 溶液を3〜4 ヶ月間与えられた患者において、T1-強調磁気共鳴画像法(MRI)による脳幹神経節(基底核)とくに淡蒼球におけるマンガンの蓄積(MRI強度:0.318-0.385、正常近値:0.134-0.205)ならびに病変像の観察と機能障害、パーキンソン病様症状発現、高マンガン血症(血清中濃度:4.2-5.1 µg/dl、正常値:血清0.4-2.0 µg/dl、全血1.3-3.1 µg/dl)、尿中マンガン量増大(9.0-21 µg/dl あるいは1 mg/dl、正常値:<2.0 mg/dl)などの症例報告がある。また、脳脊髄液中マンガン量も増大(3.74 µg/l、正常値:0.47 µg/l)し、脳組織中マンガン蓄積、MRI のT1 強調画像上での高強度、血中マンガン濃度などと互いに正の相関をする。上記症例の如く、市販の必須微量元素添加 TNP 溶液はマンガン量が推奨値よりも高値のものが多く、注意を要する(24)。

6 食生活と一日摂取量
 ヒトが通常摂食している食品のマンガン含有量はかなりの範囲で変動する(25,26)。一般には、ナッツ類、穀類で最も多く(平均含有量:20〜30 ppm)、野菜類は変動幅が大きく、肉類、魚類、乳製品で最も少ない(平均含有量:0.2〜0.5 ppm)。野菜類は乾燥重量あたりに換算すれば最も多いグループに属する。とくに茶とクローバーには高含量のマンガンが含まれている(一杯分の含量:茶で1.3 mg>コーヒーで0.15 mg)。従って、ヒトが食物から摂取する一日の平均マンガン摂取量は日々の食物の成分によって大きく変動する。とくに精製前後の穀物、緑の葉菜類と茶の量によって大きく影響を受ける。例えば、総マンガン含量 31 ppmを含む小麦を製粉すれば、胚(160 ppm含)、糠(119 ppm含)、小麦粉(5 ppm含)とに分離される。また、総カロリーの40〜50%を精製小麦で摂るとすれば、一日の平均マンガン摂取量は 2.2〜2.7 mgとなり、92%を精製小麦粉で摂れば 8.5〜8.8 mgとなる。
 一日の平均マンガン摂取量は各国によってもまちまちである。大人一人あたり日本では3〜4 mg、イギリスでは 7 mg、オランダでは 2.3 mg、アメリカ合衆国では 2.3 mg、アメリカ合衆国9大学の女子学生で 3.7 mg、菜食主義者の男子で 7 mgと算出されている。以上のデータを総合すると、ヒトの一日の平均マンガン摂取量は大体 2〜7 mgであるということになる。また、この一日摂取量から逆に換算すると、ヒトが通常摂る食事中の総マンガン含量は茶を除外すると 5〜10 ppmの範囲にあると言える。この値はヒトにおいてマンガン欠乏を引き起こさずに済む十分な量と推定される。しかし、牛乳、砂糖、精製穀物が主の偏った食事をしているヒトでは、マンガン供給が不充分となり、マンガン欠乏を起こす可能性がある。とくにマンガンが胎児・新生児期の骨格形成や生殖過程へ関与するという観点から、生育期の子供や妊婦においては注意が必要であり、またマンガン代謝能が低下している糖尿病や慢性関節リュウマチ患者でも注意が必要である。なお、マンガン鉱山で働く鉱夫ではマンガンの経口摂取によって中毒になることはあっても、一般の食品摂取ではマンガン過剰症には成りにくいという報告がある。ただし、飲料水汚染による中毒の報告はある。

文献
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