偏食と亜鉛欠乏症|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

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亜鉛欠乏 −偏食と亜鉛欠乏症−   亜鉛欠乏症が増えている!

亜鉛欠乏症

――― 偏食と亜鉛欠乏症 ―――

 最近、味覚障害を訴える人が増えてきたという。通常、高齢者に多いが、若い人に増えているらしい。しかも、3対2で女性に多いという。「何を食べても味がしない」「肉や魚を食べても舌触りが違うだけで“味”は皆同じ」「激辛味も感じない」、そして「食欲がない」。このように触覚はあるが、味覚のない患者が全国で14万人もいるという。こうした味覚障害は@風邪などのウイルスによるものA心因性のものB他の疾患によるものC嗅覚(きゅうかく)障害によるものなどもあるが、大半はD亜鉛欠乏によるものである。味を感じる味蕾(みらい)には亜鉛が多く含まれ、味細胞の新陳代謝を促しているが、亜鉛不足によってこの代謝が鈍るためである。
 しかし、このような食欲不振や味覚嗅覚減退は亜鉛欠乏症としては軽度の初期症状にすぎない。もっと重篤化すると、特異的皮膚病変や脱毛、免疫不全、脳障害(記憶学習障害など)を誘発する。また、成長阻害や生殖機能の低下(インポテンツなど)を招く。
 紙面の都合で個々の症状についての詳細は割愛するが、例えば、亜鉛欠乏による免疫不全では胸腺(きょうせん=Tリンパ球を作る臓器)の委縮と、それに伴う細胞性免疫の不全が特徴である。傷が膿(う)みやすくなったり、治りが遅れたり、感染しやすくなったりする。また、がんになりやすい。化学的な第2のエイズといわれるゆえんである。これは、質的にはT細胞の分化・成熟や活性化を促進している胸腺ホルモン(サイモシンなど)や血清中胸腺ホルモン因子(サイムリン)が亜鉛結合ホルモンであることから、亜鉛不足によってホルモン活性が低下し、T細胞膜表面の完全な抗原形成が妨げられ、免疫応答に混乱を生じるためである。また、量的には、遺伝子DNA,RNAの合成やタンパク合成をつかさどるDNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼが亜鉛結合酵素であることから、亜鉛不足によってその酵素活性が低下し、タンパク合成や細胞増殖が抑制され、細胞死によってTリンパ球数が激減するためである。
 また、亜鉛欠乏による脳障害では、アルツハイマー病の主要症状と類似の記憶学習障害が特徴である。脳内では亜鉛は記憶の中枢である海馬(とくにその苔状線維)に多く分布するが、亜鉛欠乏になるとこの海馬から亜鉛が消失する。この現象は、現在海洋汚染(魚介類からひいては食物連鎖の結果、人への汚染)の代表として問題視されているトリブチルスズやトリエチルスズのような有機スズ暴露においても同様に観察される。すなわち、海馬から亜鉛が消失し、結果として記憶学習障害を誘発する。
 脳内では亜鉛は遊離型、小胞内含有型、タンパク結合型の3つの形態で存在しているが、この中で現在、結合型亜鉛の1例として亜鉛―グルタチオン複合体のようなSH基含有物質との結合が明らかとなった。これらの亜鉛ならびに亜鉛結合物質が記憶のメカニズムとどのようにかかわるのか、目下検討中である。
 亜鉛が欠乏する原因には、大別して先天的なものと後天的なものがある。まず先天的要因としては、腸性肢端皮膚炎にみられるような先天性の腸管での亜鉛吸収不全症によるものがある。また、後天的な要因としては1つにはまず初歩的な食事の問題がある。亜鉛の必要摂取量は、米国では1人1日に15mgとされている。しかし、日本人は平均9mgしか摂取しておらず、特に最近の若い女性では1日平均6.5mgという調査結果もある。2つには、食品添加物や薬物による体内亜鉛の排出促進や吸収阻害による場合がある。ハムなどの加工食品に多いポリリン酸は体内の亜鉛を排出してしまう。また、利尿剤や動脈硬化治療剤、制がん剤などの中にも同様の作用をするものがある。3つには、経口的に栄養を摂取できない場合(例えば消化管手術後など)に用いる非経口栄養療法(経中心静脈栄養)による医原性の亜鉛欠乏がある。また、低亜鉛母乳(亜鉛の血液から母乳への転送障害)による母乳栄養児の亜鉛欠乏もある。その他、ペニシラミン等の薬物服用による発症例や、神経性食思不振症、肝硬変を伴った慢性アルコール中毒患者などの発症例が報告されている。
 亜鉛を多く含む食物には、高含量の順にカキ(魚介類)58.2、イワシ煮干し21.2、小麦胚芽12.9、小麦ふすま11.5、干しタラ9.9、カワノリ9.6、カニ8.8、乾ゴマ7.1、干しシイタケ7.1、米ぬか7.0、生干しイワシ6.5、スルメ6.4、粉からし6.4、サザエ6.2、干しエビ6.2、粉ワサビ5.6、アマノリ5.5などがある。(各食物に与えられた数字は可食部100g中の含量mgを表す)
 昨今の食生活の都市化やスピード化とともにファーストフードやコンビニエンスストアの弁当などで簡単に済ませる人(特に若い女性)が多くなり、必然的に亜鉛欠乏症が増えている。亜鉛不足を補うには、食事療法や投薬もさることながら、最も大事なことは偏食をせず、3度の食事を規則正しく取ることである。

亜鉛欠乏症

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