門司港レトロハイマート|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

「生命と微量元素」講座

レトロ門司」復興への道

門司港レトロハイマート

門司港レトロハイマート

■ 歴史
門司港レトロハイマートは、北九州市門司区の門司港レトロ地区にあり、平成11年 (1999年)1月竣工の、高さ:全高127m(最高部)、地上31階・地下1階の超高層マンションで、最上階の31階を市が買い取り、「門司港レトロ展望室」(床面高103m)として観光用に開放している。屋上には、ヘリパッドがある。
▼ レトロ構想に損害を与えた拝金主義による旧三菱倉庫の解体
門司港レトロ事業では、旧三菱倉庫は風格のある建物であり、いずれは旧門司税関と文化広場をはさんで向かい合わせ、赤レンガどうしでレトロな雰囲気を醸し出す存在として期待され、その保存は当初から基本計画に含まれていた。
ところが、当時の所有者である門司区の印刷会社・隆文堂が市との買い取り交渉中に、八幡西区の建設会社・トリオエ業に売却してしまった。すなわち、隆文堂は北九州市史の印刷など市政との取引のある縁が深い業者であり、買い取りには協力的であると期待していたが、平成2年3月に旧門司三井倶楽部が国の重要文化財に指定され、平成2年7月に解体工事を着手したころ、隆文堂が倉庫を売りに出したという情報が入る。市は、倉庫解体を防ぐために買収することを決め、同年9月、出口企画局参事が隆文堂の社長と話し合い、社長は「市に4億円で売却する」ことに同意した。ただし、金がすぐに必要なため、1週間以内に支払って欲しいという条件が付いた。市は、1週間以内での多額の支出は手続き的に難しく、市土地開発公社理事長に事情を話し、短期の融通を頼み、そして快諾を得ることが出来た。早速に、「金の工面がついた、条件もOKである」と社長に伝える。社長からは「分かった。決めてから返事する」との回答があったため、市側も復命し内部調整を済ませて待った。ところが、隆文堂社長からは、音信不通となる。それどころか、市との買い取り交渉に結末をつけないまま、12月中旬にはトリオに売却していたことがわかった。取引や契約における信義誠実の原則(信義則)に反する行為(信義違反)には失望したが、後になって、倉庫が借金の担保に入っていたらしいことが伝わってきた。

市は、倉庫解体を防ぐために、今度はトリオとの買い取り交渉を余儀なくされ、平成3年4月、トリオと交渉を持つ。市側は5億円まで歩み寄るが、トリオは7億円を要求する。レトロ事業地域を国土利用計画法指定区域にして地価上昇を抑えている手前、市が相場以上に高く買う訳にはいかず、交渉は不調に終わる。
トリオは市との売買話が不調に終わると、平成5年1月、倉庫を取り壊し平成6年3月、跡地に高層マンションを建てる計画を発表した。15階建て168戸入居、高さ42m、横77mかまぽこ板を横にしたようなビルである。これでは海側からは国際友好記念図書館も風師山も目隠しされてしまう。逆に栄町、東本町一帯の住宅は海が見えなくなる。
今度は、住民の反対運動が起きた。市は6年4月28日、都市景観条例にもとづきトリオにマンション建設計画の見直しを要請したが、トリオは翻意しなかった。6年6月1日、市は建築確認の保留を正式に通知した。これに対して、即日トリオは、市議会に建築確認を練情した。6月14日には、相対するトリオとマンション建設反対市民が、それぞれ逆の立場で市議会に陳情した。

いずれにせよ、市にとって、赤レンガ建物を保護保存できなかったこと、すなわち旧三菱倉庫の解体は、レトロ計画には大きな損害であり、大きな誤算であった。また、担当者においては行政指導の限界と苦汁を舐める思いを痛感させられる事件となった。
▼ 超高層マンシヨン(レトロハイマート)建設で和解
現在の建築基準法では、確認申請に違法性がなければ、景観を損ねるという理由だけの確認保留は難しく、裁判では逆に市の方が不作為で違法性を問われることにも成りかねない。しかし、市長は、「訴訟をも辞さない構えで、建築基準法改正の一石を投じるのだ」と最重要優先の信念と裁判で戦うことも辞さない姿勢を貫いたという。

トリオは、平成6年6月14日、市議会に陳情したその日に、建築確認保留(不作為)を違法として福岡地裁に市を相手どり訴訟を起こした。第1回口頭弁論は8月30日に開かれた。原告被告の争点は最初から明瞭だし、裁判所にすれば両者大差のない事案だから、第1回口頭弁論が終わると和解を勧告した。市は、この勧告に応じて代替地の提供も提案してみたが、上手くいかなかった。そこで、裁判所は再度、平成7年6月6日に和解を勧告した。6月19日、両者は、和解協議のテープルにつき、トリオは計画を変更し、「争点である視界の遮蔽を軽減するために、建物の横幅を狭め、代わりに高さを2倍以上にする、市はこれに建築確認をする」という条件で和解が成立した。これがぎりぎりの落としどころであり、レトロ構想へのマイナスを最小限に抑えることが出来た。市にとっては、不作為の違法性を回避しながらも、設計変更に漕ぎつけた。敗訴も辞さない末吉市長の最重要優先の信念と英断が次善の解決につながったのである。

トリオは、市の斡旋で黒川紀章氏に設計を依頼した。しかし、その氏のデザインにも「レトロのイメージに合わない」とクレームがついたが、氏曰く「いや、これは将来、平成のレトロになる」と一蹴し、強烈な自負心を覗かせたという。今では、「門司港レトロハイマート」は、門司港レトロ地区のランドマークとして、小倉のリーガロイヤルホテル、下関の海峡ゆめタワーとともに臨海高層トリオを形成し、31階展望室は、関門海峡の眺望を楽しむ人たちで賑わっている。レトロ地区にモダンな超高層ビルは場違いだと批判をする意見もあれば、レトロ地区内に観光施設としてのランドマークができたこと、あるいは唯一の住民定住スポットができたことを評価する意見もある。レトロ地区をクラシックな展示場のごとく歴史的建造物のみで占めレトロイメージに徹底させるか、それとも居住を含むモダンな建物も併存させるか、そのどちらを是とするかにより「門司港レトロハイマート」のレトロ地区内での建設が、レトロ計画における正の遺産となるか、負の遺産となるか判断される。

門司港レトロハイマート

門司港レトロハイマート

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■ 館内施設
門司港レトロハイマートは、日本を代表する建築家・黒川紀章氏が設計した一般市民が居住する高さ:全高127m、31階建ての高層分譲マンションであるが、最上階の31階(床面高103m)を市が買い取り、「門司港レトロ展望室」として観光用に開放するという、きわめて画期的な手法が取られている。しかし、これは上述のように、裏を返せば、レトロ計画を推進する過程での負の遺産でもあり、苦肉の策でもある。全景は、ベランダがないためか分譲マンションには見えず、オフィスビル風の外観であり、最上階31階・展望室のさらにその上には、円柱を半分に切ったような形状の部分があり、その中は消防用水槽置場になっており、屋上面は緊急用ヘリポートになっている。

展望室への入場は、観覧者専用の入口とエレベーターを利用するため、観客動線は住居部分から完全に分離している。観覧者専用の入口のエレベーターホールには、レトロコラージュと呼ばれる映像展示があり、市内の今昔風景や観光地などを映写している。エレベーターに乗り約45秒で31階に到着。31階・展望室の案内カウンターでチケットを買う。

展望室からの眺めは、南西の方角に門司港ホテル、その背面にJR門司港駅が見え、下関市街地を望む西側には海峡ゆめタワーが見え、北方には関門橋が見える。関門海峡や門司港レトロの街並みを見渡せる絶景ポイントとして、また、夜景も見ることができ恋人たちのデートスポットとしても人気がある。館内にはカフェが併設してあり、ゆっくりとお茶を飲みながら寛ぐ事もできる。情報潜望鏡「アイステア」や17倍率まで拡大できるデジタル望遠鏡などの設備も整っており、地区全体を一望できることに加え、地域の歴史や文化を知るための映像展示、観光情報の提供なども行われており、門司港レトロの情報の展示・解説や利用案内を行う施設(ビジターセンター)の役割を果たしている。
<資料:中学同窓・稲佐重正君提供>
<写真:中学同窓・田中文君撮影>
参考資料:1.ルネッサンスの知恵 第3号 門司港レトロヘの道すじ 財団法人北九州都市協会(平成14年2月)、2.北九州市新・新中期計画 北九州市(昭和55年4月)、3.ポート門司 21 北九州市職員研修所(昭和57年)ほか

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