門司港栄華の象徴:「三宜楼」 修復保存|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

「生命と微量元素」講座

門司港栄華の象徴:「三宜楼」 修復保存

郷里近況:門司港栄華の象徴・旧料亭「三宜楼」保存(中学同窓・田中文君提供)

国の重要文化財「旧門司三井倶楽部」や「JR門司港駅」をはじめ、数々の歴史的建築物を擁する観光地、北九州市の「門司港レトロ」は、北九州市の事業として300億円余りを投じ、約7年の歳月をかけて整備されたが、その中で、門司港栄華の象徴でもある昭和初期の高級料亭「三宜楼」が私物なるが故に解体の危機に瀕していた。地元の有志たちが、「三宜楼を保存する会」を結成し、平成24年3月保存修理工事に着手、平成26年3月には本体工事を終え、甦った。

昭和6年に建てられた三宜楼は、築80年を超す木造3階建ての和風建築で、現存する料亭の建屋としては九州最大級である。床面積300坪超という建物の大きさに加え、高さ約5mもの石垣の上に建っているため、存在感が際立っている。往時はいわゆる「一見さんお断り」の高級料亭で、2階にある大広間「百畳間」には16畳もの能舞台が備わっており、その格式の高さをうかがわせる。最盛期には、出光興産創業者の出光佐三、喜劇俳優・古川ロッパ、俳人・高浜虚子などが訪れたという。

現在、館内には、初代内閣総理大臣伊藤博文が食し、禁制が解かれ、ふぐ料理公許第一号となってより120余年のふく料理公許第一号店:「下関春帆桜」が経営する「三宜楼茶寮」がある。

門司港栄華の象徴の1つ旧料亭「三宜楼」

門司港栄華の象徴の1つ旧料亭「三宜楼」

門司港栄華の象徴の1つ旧料亭「三宜楼」
玄関から1階廊下

門司港栄華の象徴の1つ旧料亭「三宜楼」

門司港栄華の象徴の1つ旧料亭「三宜楼」

2階にある「百畳間」(田中文君撮影 2018.6.17)

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